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子育てって、たのしい!

愛情たっぷりでラクチンな子育てを目指して

思い出したプチ情報(産前・産後すぐの時期に役立つかも編)

いろんな方がステキに育児情報をまとめてくれているので、一般的なことはおいといて、私は私個人の体験で得たプチ学びをざっと並べてみます。

とりあえず今回は「産前・産後すぐの時期に役立つかも編」。

無精なので続く気がしないけれど・・・

 

●長肌着よりもコンビ肌着がおすすめ

長肌着はボタンがないのでオムツ替えのときに便利だと思ったのですが、生まれてすぐでも意外と足をバタバタさせるし、足が露出しやすく、冬生まれのわが子には向かなかったです。夏でもクーラーがかかっているだろうし、やっぱり、はだけにくいほうがいいかな。

カバーオールを着せても裾がモコモコするので、コンビ肌着の方が使いやすいなーと感じました。

肌着はすぐにサイズアウトするかと思いきや、意外と長く使えたので、短肌着とコンビ肌着の組み合わせがおすすめです。

 

●オムツ用のごみ箱について

カートリッジとかが必要な、なんかすごいやつ、ありますよね。あそこまでしなくても全然いいです。新生児の頃はうんちもそこまでにおわないですし、もし欲しいなと思ったら産後買うのでも十分です。

うちでは、離乳食を始めるまでは、うんちオムツはビニール袋でくるんで、ふた付きのごみ箱(専用ではない)に捨てていました。離乳食が始まるとさすがに大人と同じにおいになるので、専用のごみ箱を用意しましたが、「なんかすごいやつ」ではなく、ホームセンターで買った、ふたとペダル付きの金属のものです。ビニール袋でくるんだうんちオムツだけそちらに捨てていますが、十分いい仕事をしてくれています。

あ、但し、です。

使用していたのはパンパースやムーニーだったので、においが比較的マシだったというのもあると思います。

マミーポコを一度使ったときは、おしっこオムツでさえ、家族中で(当時1歳のこどもも)えづきましたから。。

 

●飲ませすぎでも泣く

うちの子が新生児の時、体調もよさそう、室温や衣類も大丈夫、オムツもキレイという状況で、おっぱいをあげても、ミルクを足しても、泣き続けた時期がありました。

手のひら、足の裏がじっとりとしていて、しょっちゅう母乳を勢いよく吐くので、ネットで調べまくっていると、「飲ませすぎ」の症状と合致。

ずーっと飲み続ける子だったので欲しがるだけ与えようと思っていましたが、追加のミルクをやめて、母乳も2往復のみにしたら、びっくりするほど簡単に落ち着きました。

満腹中枢がまだ発達していないため、こういう現象が起こるようです。

って、考えたらあたりまえなんですけど、「足りてなかったら大変」ってまず思うのが親心だし、スケールでもないと哺乳量が調べられないからややこしい。

そしてなによりも、子が泣くたびにいちいち起きてきて、「おっぱいが足りてないのよ」と、そればかりを繰り返す私の母親。。

…はい、この母親についてが次の項目です。

 

●母親の手伝いは必要か

母親との関係が良好であれば、里帰りするなり、お手伝いをお願いするなりでいいと思います。気持ちよく受けられるサポートがあれば、活用するに越したことはありません。

が、必ずしも良好な関係とは言えない場合、キツい部分がかなり出てきます。

私の場合は「仲の良くない母親の強い希望で手伝いに来てもらった」のですが、正直、呼んだことをめちゃくちゃ後悔しています。

その理由を思いつくままに簡単に挙げると、

①古い知識、間違った意見の押しつけ

②手伝ってあげてるアピール

③手伝いのために多くのことを犠牲にしたアピール

④起きてこないでと言っても、夜泣きでいちいち起きてくる(そして母乳が足りないのだと繰り返す)

⑤娘と自分の育児の力量を比べて優位に立ちたがる(オムツ替えの速さなど)

⑥家事への口出し

⑦滞在にかかった費用を伝えてくる

⑧日中の過ごし方への口出し(今は寝なさい、今運動しなさい、など)

他にも、勝手に部屋の模様替えをしたり、しっかりめの植木鉢を購入してきたりと、もうなんだか育児というより母親に疲れました。

食事はほぼ作ってくれていましたが、クオリティは下がると言えどごはんは自分でも作れるし、宅配も利用できたし、ネットスーパーもあるし、唯一なにかメリットがあったとすれば、

「家に大人がもうひとりいる」

ということだけ。

それだけでも大変に素晴らしくよかったと思わないと、キラキラの育児デビューの思い出がただただ母親との苦い思い出になってしまいます。

ちなみに、わが子が2歳になった今でも、ことあるごとに「私はあれだけいろいろ犠牲にして手伝ってあげたのよ」と言います。げんなりです。

 

これは私の母親のケースですが、きっと珍しくはないと思っています。

なので、これらを踏まえたうえで、サポートを検討されることをおすすめします。

 

●水分不足で母乳の出が悪くなった

これはこどもが6ヶ月ぐらいの離乳食を始める直前のことですが、母乳をあげてもすぐに飲むのをやめ、困ったことがありました。母乳以外はお水もあげたことがなかったし、夏まっさかりで水分をしっかり摂ってほしい時期だったので、本当に心配でした。

しかし思えば、私も用事に追われて水分摂取がおろそかになっていたことに気が付きました。汗もかいてたのに、たぶん、2リットルも飲んでなかったと思います。だから母乳の出が悪くなってたんじゃないかなと。

夏は5リットル程度飲むべしと言われるし、母乳の出が悪いように感じたら、まずは自分の水分摂取量が足りているか確認しようと思った出来事でした。

 

●写真は早めにプリント

私たち夫婦は写真をプリントせずデータのまま置いておくタイプだったのですが、生まれた直後のわが子のデータ、見事に飛びました。今までこんなことなかったのに・・・(泣)

なので、是非早めのプリントをおすすめします。

我が家では、100均にある、見開きで4枚の写真が入る小さめのアルバムを使っています。1歳を過ぎたころから、こどもが自分でページをめくって楽しそうに眺めるようになったので、その点でもよかったなと思います。

 

 

こんな感じです。

なにかお役にたてることがあれば、お気軽にコメントください。

無精、あぁ無精

うーん、無精すぎる。

このブログ、最初は産後のストレスがすごくて、発散したくて始めたんだけど。

途中で これではいかん! って時期が来て、陽ブログにしようと思ったんだけれど。

育児日記も兼ねて、って思っていたんだけれど。

 

だめだー 無精すぎるー

 

なんでもこうだな、続かないんだよねー私。

飽きっぽい。ほんとに飽きっぽいんだよなぁ。

 

うーん。。。

 

 

ま、

 

いっか笑

 

せっかくこんなに無精なので、

日々の記録とかじゃなくて、

過去を振り返って、こうだったな~ってのをまとめて書くことにしよう。

 

いつか。

やってみていること(日常編/~2歳弱)

1歳を過ぎてからというもの、こどもの精神発達のスピードには目を見張るものがありました。

すごく大雑把ですが、0歳代は身体の発達、1歳代は精神の発達、って感じ。

おお、大したことも書いてないのに漢字が多くて目が痛い。

からだとこころの発達、にしよう。

で、歩くようになった頃からは、大人の言うことはほとんど理解し、記憶し、行動しているように感じることが多くなりました。

0歳代はまさに「這えば立て、立てば歩めの親心」状態で、なんだか気が急く日々もあったのですが、

言葉を理解し、単語をしゃべるようになり、会話がなんとか成立するまでになったわが子の今の成長のスピードには、私の方が置いて行かれているぐらいです。

 

成長には個人差があるし、わが子も他の子に比べて別段成長が早いというわけではないのですが、0歳の時のからだの発達とは違って、こころを発達させるのって、親もお手伝いできるんですよね、きっと。

思い返してみると、なんとなく意識してやってきたことも色々ありまして。

というか、子育てをラクチンにしたくてやってることも結構あるよなぁ。

それらがいいのかどうかはわかりませんが、第2子を授かれた時用に、メモがてら、挙げていってみようと思います。

 

●とりあえず話しかける

新生児の頃から、めっちゃ話しかけてました。

というより、そもそも私が独り言の多いタイプで、聞いてもらっていたという感じです。なんでもかんでも思ったことは口に出して、同意を求めたりしていました。おかげで、家に1ヶ月こもっていた割には、意外と楽しく過ごせました。

 

●絵本を読む

暇なので、これも新生児の頃からやってました。

1ヶ月健診のとき、わが子ひとりだけ喃語をしゃべりまくっていて、「この子よくしゃべるね!」「もしかして絵本読んであげてる?」といろんな助産師さんから言われました。だからといって得したことは別にありませんが、絵本が好きなこどもになりました。

 

●うざいほど絡む

寂しいよりうざいぐらいの方がいいかなーと思い、時間があるときはこどもに拒否されるまでベタベタしたり、一緒に遊んだりしています。わが子の場合、それで満足するのか、15分もすると私から離れて一人で遊びだします。用事もはかどります。

 

●待たせたあとはハグする

抱っこをせがまれても手が離せないときなど、待ってもらうこともよくあります。なので、その用事が終わったら、「お待たせ~!待ってくれてありがとう~~!」とオーバーに言いながらハグするようにしています。このとき、こどもから少しだけ離れた場所にしゃがんでから両手を広げると嬉しそうに飛び込んでくるので、可愛いです。おすすめ。

 

●集中しているときは声をかけない

かまってほしいときには自分から声をかけてくれるので、近くで用事をし、チラチラ様子をみるだけにしています。用事もはかどります②。

 

●叱るときは抱きしめる

よく、「叱るときは共感してあげてから」云々と聞きますが、それができるなんて素敵な大人だなーと思います。

私はそれほどできた人間ではないし、私自身が今の時代じゃ児童相談所に通報されてもおかしくないギリギリラインで育ったせいもあるのか(恨み節)、加減はするものの、すぐに手が出てしまうんです。もちろん、赤ちゃんに手を上げても本当にまっったく意味がないし、恐怖を与えるだけです。

そして後から襲ってくる自責の念も、ものすごい強烈なんですよね。数分後にはこどもはいつもと変わらない「お母さん大好き!」な笑顔を向けてくるし、それを見て更につらくなります。

なので、こどもを抱きしめるのは、「自分の手を封じるため」です!(どーん)

でもこれ、意外にもかなり色々と効果がありまして。

ぎゅーっとする間に冷静になれるし、こどもの動きも封じられるし、耳元で小さい声で叱れるし、目線も合わせられるし、私にとっては今のところこれが最良の手段です。

みんなもやってみてね。

 

●ある程度のヤンチャはスルー

これは自宅など他に人がいない場所でのことですが、ひとつひとつのヤンチャにイライラすることに、段々疲れてきまして。大怪我をしそうとか、これだけはしてほしくないということ以外は、観察はしていますが敢えて何も口出ししないことにしました。

痛い思いをしたり、大切なおもちゃが壊れたりするのも、それはそれでいい経験になるでしょう。毎日片付け、大変ですけど。

 

●選択肢を与える/与えない

親としてはどっちでもいいこと(絵本とブロックどっちで遊ぶかとか)には選択肢を与えてこどもに決めてもらいます。

服を着替えるとか、今してほしいことに関しては、こどもには何も聞かずに「はーい右手くださーい」的に進めていきます。下手に「着替えようか?」などと言おうものなら、うちの子、逃げちゃうんです。なぜ。

 

●伝えたいであろうことを言葉にしてあげる

最近はたくさんの単語をしゃべれるようになってきましたが、不完全なので理解に苦しむこともしばしば。でも、わかってもらおうと何度でも何度でも話してくれるんですよね。いじらしいです。

このことかな?と思って言葉にすると、当たった時は本当に嬉しそうな顔をするんですよねー。長い時間一緒にいるからこそわかることもあって、幸せを感じられる瞬間です。

 

 

こんな感じかな。

文章にすると長くなるけど、大したことやってないんですよねー。

けどやっぱり、赤ちゃんと毎日を過ごすのにはかなりの体力と気力が必要です。

私は専業主婦なのでいいのですが、これを仕事しながらやってるんですよね、みんな。本っ当に尊敬します。

 

っていうか、メモ代わりに書いたのはいいけど、いざ第2子を授かった時、このブログ読み返す余裕とかあるのかしら、私。。

まぁ、その時はその時か。

 

子育てって、たのしい!

あらあら、なんとこんなにもブログを書いていませんでした。

自己満足というか、メモ代わりというか、モヤモヤのはけ口というか(ごめんね)、

そんな感じなのでまったく支障はないのですが。あはは

 

いやしかし、子育てはやっぱりたのしい。

これまでの成長をまとめて列挙すると、

●頭がしっかり丸くなった(結局は、うつ伏せで寝るクセのおかげかと。SIDSが心配でヒヤヒヤするけど)

●自然卒乳してくれた(1歳2か月)

●10時間ぶっ続けで寝てくれるようになった

●歩き、走るようになった

●しゃべるようになった

●ごはんをしっかり食べてくれるようになった

●手をつないでお散歩ができるようになった

●「ぎゅー」と言いながらぎゅーしてくれるようになった

 つまり、ますます可愛く、たのしくなりました♡

 

あと、

●ごみを渡すと捨てに行ってくれる

●落としたものを拾ってくれる

という技も習得していただきまして、それはもう喜んで披露してくれるので、輪をかけて運動不足となった私の体重は右肩上がりです。いいのかよ、これで。

 

こどもの個性によるところも多分にあるでしょうし、旦那をはじめとする周囲の協力のおかげでもあることはもちろん言うまでもないのですが、

穏やかな人種ではない私が今、比較的穏やかに暮らせていることを考えると、自分でも少し驚いています。

妊娠前はヤンチャなこどもを見ると「私、こどもがキライなのかも…」と思っていましたし、妊娠後も、出産直後も、やはり「私なんかに母親が務まるのだろうか」と不安でいっぱいでした。

 

ですが、今は自信を持って言えます。

子育てって、たのしい! めっちゃたのしい!!!

 

自分の努力が、目に見えてこどもに表れてくるんです。

愛情を注ぐと、こどもはそれ以上に愛してくれるんです。

けど、ううん、そんなんじゃない。

親からの愛情がどうであれ、無条件に愛してくれるんです。

こんなに愛おしい存在が、目の前にあるんだ。

こんなに小さな手が、こんなに大きな笑顔が、こんなに愛おしくて胸が苦しくなる存在が、目の前にある。

 

母親になってまだまだ2年弱のヒヨっこですが、

すぐに訪れる「魔の2歳児」期に心が折れることもあるかもしれませんが、

この先どんなに悩んだとしても、

その時その時のこどもを愛し、子育てをたのしんでいけたらと思います。

 

 

なんだか真面目になっちゃったけど、

たのしい子育てをサポートしてくれているみんなに、感謝と愛をこめて。

  

プチ産後クライシス体験

早いもので、わが子ももうすぐ1歳を迎えます^^

ほんとに早かったなぁ。そして、すっごく楽しかった!!

 

でも、やっぱり悩みもたくさんあったんですよね。

小さなことから大きな(?)ことまで、毎日のように何かしら悩んでいました。もはや思春期。

最初の頃は、そんなに頑張ってないつもりでも、頑張っちゃってたんですよねー。

全部が初めてのことで、正解もないし、考え方も人それぞれ、時代それぞれで、模索の日々。いろんな情報に埋もれて、今やってる育児が、実はこどもにとって良くない方法だったら、なんて不安になったり。ほんの些細なことで母親としての自信をなくしたり。

ホルモンのバランスだって通常とは違う*1し、産後半年ほどはイライラがとどまるところを知りませんでした…。

大好きだった旦那に対しても、突然ものすごい嫌悪感を抱くようになり、何から何まで気に入らず、旦那の言動全てにつっかかり、普段穏やかな旦那から「性格、きつくなったよね」と言われる始末。時折、頭の片隅に「離婚」の二文字まで登場するようになっていました。

このブログも数記事しか書いてないのに、振り返って読んでみると本当に荒んでますね~我ながら恥ずかしい。。でも、産後の変化の証拠として、記念においておくことにします。

 

産後約1年が経ち、授乳回数がピークの頃の半分ほどに減った今、気付けば、変にイライラすることもなくなりました。夫婦関係においては、あの荒んでいた頃からは信じられないほど、平穏で楽しい毎日に戻りました。

でもそれは、旦那が私を見捨てずにいてくれたおかげでもあるんだよなぁ。ありがたい。

育児超初心者&ホルモンぐちゃぐちゃの時に「もう離婚よ!」とか暴走しなくてよかったー。

長い間耐え忍んで優しく接してくれた旦那にも、暴走しなかった自分にも感謝です。

楽しい育児のためには、夫婦関係ってすっごく大切!

プチ産後クライシスを乗り越え、大切なことを学んだ1年でもありましたー。

*1:出産や授乳で分泌量が増えるオキシトシンが、愛情深さだけじゃなく、攻撃性までアップさせてしまうそうです。よく言われる、赤ちゃん連れの動物に近寄ると襲い掛かってくるから危ないよ、なんてのもこういうことなんでしょうね。

第1子出産の記録(入院から)

道中、羊水の更なる流出を阻止するために狭い軽自動車の助手席をうしろに倒そうとするが、既にとりつけてあったチャイルドシートのせいで全然倒れずに泣きたくなる。入院してから退院までに旦那が一人でとりつけるのは大変だろうし、なにより初めて扱うものだから安全に設置できているか二人で確認していた方がいいだろうと数日前に二人でつけたのだが、この万全すぎる準備がアダになるとは思ってもいなかった…

やっとの思いで病院にたどり着くと、すぐに診察室に通され、「あー破水だねー破水破水」と軽い感じで言われる。もしかしてすぐに産めるんじゃないかと少し期待していたのだが、子宮口の開き具合を聞くと「1センチぐらいかなー」と言われ、まだそんなもんかと拍子抜けした。正確な破水の時間を聞かれたり、破水前の痛みの強さを聞かれたりしながらあれよあれよと持参したパジャマに着替えさせられ、NSTと抗生剤の点滴(私はGBS陽性だった)を開始。その後個室に移り、適宜NSTで様子を見ながら分娩が進むのを待つこととなった。

余談だが、私が入院したときにはなんと満室だったらしく、「部屋が空いてなくてごめんね~」と、『LDRルーム*1』の隣の『陣痛室』という普段は入院する部屋ではない小部屋に通された。その日は新月に近い日だったのだが、「満月になると出産が増えるっていうのはよく言うけど、新月もなのよー。つい数日前まではガラガラだったのに」と助産師さんが疲れたようにつぶやくのを聞き、「へ~」と思った。

ひとまず羊水の量は大丈夫だったようで安心する。逆子とかじゃない限り、破水したからといって別段緊急性のあるものではないらしい。しかし、破水からのスタートだと感染のリスクもあるし、陣痛が自然に来なくてもたぶん今日中に誘発して出産になるんだろうなぁなどと冷静に思っていると、痛みが段々と強くなってくる。旦那は朝から仕事の予定だったのでその小部屋の畳の床で寝てもらったのだが、少しずつ強くなる痛みで私がゴソゴソと動き回るので、何度も起こしてしまった。そのたびに「大丈夫?」などと眠そうに声をかけてくれるのだが、段々それも鬱陶しくなるほど痛みが強くなってきて、返事もそこそこに、立ったり座ったり、点滴の支柱台にすがったりして痛みを紛らわせていた。たまに助産師さんがやってきてNSTの機械をつけられたのだが、正確にみるためにと強制的にベッドに寝かされるのが、毎回苦痛でたまらなかった。。

しかも、子宮口の開き具合やNSTの結果をみて「あーまだまだだねーもっと痛み強くなるよ。早ければ夕方くらいかな」なんて言うもんだから、卒倒しそうになる。今でも5分以内の間隔で冷や汗が出るほど痛い(というか恐い)というのに、これ以上の痛み(というか恐怖)がこれから12時間以上も続くのか…!!!

正直、陣痛の波が来るたびに「もう出産やめたい」と何度思ったかしれない(「産みたいけど!」というのがセットになって何度もぐるぐるしていた)。でも、言葉にしてしまうと何かが壊れてしまう気がして、ただただ呻きながらマットレスの端っこを握りしめて朝を迎えた。

気付くと旦那が上司に連絡して仕事の調整をしてくれており、なんとか休みをもらえたと聞いて涙が出そうになった。陣痛が来るまでは「旦那なんて何の役にも立たないだろうから別にいてもいなくてもいいやー」なんて思っていたのに、こんなにも旦那を頼もしく感じるとは。

その後、いつの間にか助産師さんがマッサージをしてくれていたのだが(朦朧としていて誰がいつからやってくれていたのか全く覚えていない)、そうそうそこそこ!と感動さえ覚える絶妙なテクニックで、それは私にとってまさに神の手であった。

途中から助産師さんに軽いレクチャーを受けて旦那が交代したのだが、やはり神の手には遠く及ばず、先程まで頼もしく思っていた旦那に文句ばかり浴びせていた。それでも旦那は何も言わずにひたすら私の言う通りにマッサージし続けてくれ、本当に本当にありがたかった*2

10時頃、疲労でウトウトしていると、突然いきみたい感覚で目が覚めた。これまでの痛みとは違うので一瞬ハッとするものの、すぐに治まりまたウトウトする。するとまたすぐ、今度は猛烈にいきみたくなり、これは我慢できん!とナースコール。来てくれた助産師さんがNSTのグラフをみて「うーん、まだだね~」と首を傾げながらも「ま、分娩室空いてるし移動だけしとく?」とLDRルームまで連れて行ってくれた。移動途中で再び猛烈にいきみたくなったが、「この子を守ってあげられるのはお母さんだけなんだよ!!!」という言葉で、なんとか持ちこたえられた。助産師さん、すごい。

ちなみにその後の「今のうちにトイレ行っとく?分娩台で導尿にする?」という問いには「導尿で」と即答し、軽く笑われたことを付け加えておく。

 

ここからが早かった。

よろめきながら這い上がった分娩台で、一応、と言われながら内診されると、「あ!えっ?もう9センチ!」「うそーすごい!」「早い早い!」「この子早かったわー」などという声が突然飛び交い(このときのことはものすごく嬉しかったのでめちゃくちゃ覚えている)、その後10分ほどで子宮口全開大、いきみ解禁となった。

私の中では陣痛よりも子を出すときの方がツラいというイメージだったのだが、いきんでいいと言われてからは喜びの方が勝り、少し余裕ができて、陣痛の合間に助産師さんの動きを観察などしていた。

 

そして遂に10時50分、排臨。

 

11時、発露。このとき、助産師さんに手を伸ばしてみな、と言われ、子の頭を初めて触った。何とも言えない変な気持ち。

 

11時10分、頭が完全に出たのち、肩も少しずつ出ていき、突然、ぬるんと生温かいものが一気に抜ける感覚。ふにゃふにゃした、しゃがれた小さな可愛い声。子が、この世に誕生してくれた瞬間だった。

あぁ。あぁ。遂に終わったんだ。なんだか夢のようだった。

頭もとにいた旦那を見上げると、顔を背けた。泣いているようだった。

 

おなかの上にわが子が乗せられ、あたたかな重みを感じる。

わが子と初めて両手をつなぐ。旦那がへその緒を切り、私はそれを眺めていた。

 

11時17分に胎盤娩出。 

その後、気付かぬうちにできていた会陰裂傷を縫ったのだが、これが猛烈に痛い!そして長い!

一気に現実に引き戻される。

この先生絶対縫うの下手でしょ!高齢やし!

などと失礼なことを頭の中でキーキー言いながら、横で身体検査を受ける小さなわが子を見て気を紛らわせた。

 

こどもが別室に移されてから、寝たまま体を拭いてもらって服を着替え、朝一番で田舎を出てやってきた母親も入室し、一緒に胎盤を見せてもらった。

肌着を着てネームタグをつけ、私の名前がしっかり足に書かれたわが子が戻ってくると、大絶賛しながら写真を撮りまくり、無事に出産を終えたことを皆に報告し、興奮冷めやらぬまま昼食を食べた。

産後2時間ほどベッド上で過ごした後、わが子は再び別室へ。

私は助産師さんと一緒にトイレまで歩いて、排尿の確認をし、「大丈夫そうやね!」と太鼓判を押されて最初の陣痛室に帰された。

 

狭い陣痛室で、旦那と私の母親、そしてもはや当面は陣痛に苦しむことのない私の3人で、この上ない幸せを噛みしめる。

長いようで短かった初めての妊娠生活が、終わった。

 

*1:陣痛、分娩から産後の回復まで、移動せずに過ごせる個室。他の病院はわからないが、私がお世話になったところは緊急帝王切開とかもそこでできるみたいだった。

*2:後に聞いたが、数時間で両手首が軽い腱鞘炎になったらしい

第1子出産の記録(病院まで)

こどもが3か月になり、夜しっかり寝てくれるようになってきた。こうなってくるとこちらの睡眠時間がまとまって取れるので、本当にラクだ。そのぶん昼間起きている時間が長くなってぐずぐず言うことも多いのだが、こちらの体力が回復しているので全く苦じゃない。本当に本当にかわいい。ずっと頬ずりしていたい。

しかし頬ずりし続けているのもあれなので、生まれてからの写真を見返していると、この子が生まれたときはこうだったなぁ、ああだったなぁと、色々と忘れかけていた記憶がぶわぁーっと鮮明に蘇ってきて(3か月しか経ってないのに案外忘れるもんだ)、これは今のうちに書き残しておかねばと筆を執った。お暇であればお付き合い願いたい。

 

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38w3d:

朝方に突然吐き気。お昼頃に薄いピンクの出血があり、これが例のおしるしか!?とトイレで固まる。寒気がし、体温35.9℃。

38w4d:

朝方再び吐き気。ピンクの出血変わらず。寒気、体温35.8℃。ぐだぐだ過ごす。

38w5d:

寒気なし。出血も止まる。胎児が降りてくることを期待してゆったり散歩。夜、下腹部がしくしくする。

38w6d:

子宮収縮と産後の母乳分泌に効果があると言われるラズベリーリーフティーを飲み始める。

39w:

健診、異常なし。胎児はかなり降りてきていて、子宮も柔らかくはなっているが、子宮口が全く開いておらず。

産後母親が「手伝いに」来る予定なので、わかりやすいようにキッチン用品などを整理する。今更になってラックを組み立てたりもして疲労困憊。

39w1d:

お昼頃からちょくちょく子宮の痛みが出てくる(きゅーっと引き締まる感じ)。まだまだ軽めで全然耐えられるので前駆陣痛だろうと様子を見る。ピンクの出血がまたあり、徐々に色が濃くなってくる。

いよいよ感が自分の中で湧き上がって情緒不安定に。旦那の言動にいちいちつっかかり、そして泣く。その割に「食べ納め」とばかりにごはんやお菓子をもりもり食べる。

39w2d(こども誕生!):

日付が変わる頃から痛みの間隔が短くなってくるが、そんなに痛いわけでもない。しかし、夜中1時前にベッドに入った途端、おなかの中で分厚いゴムのようなものが「ばつん」と破裂したような感覚があり(音も聞こえた!)、驚いている間に羊水がじゃんじゃん漏れてきた。にわかに信じられずベッドの中で数秒固まった後、「やっぱり破水?」と立ち上がってみるとますます漏れてきて、寝ている旦那の隣で静かにパニックに陥る。とりあえずトイレに行き破水を確認した後、病院に電話して状況を説明すると、「では今から来てください」と言われ、遂にこの時が来たかと思うと同時に全身に変な汗をかくのを感じた。電話を切ると、いつの間にか目を覚ましていた旦那がもぞもぞ起き出しながら「行く?」と声をかけてくれ、旦那が家にいるときで本当によかったと心から思った。しかしそんな状況でもパジャマからジーパンに着替えており、あのときの自分の動転ぶりには笑う。

そうこうして、真冬の真夜中、小雨が降るなか、旦那の運転する車で病院に向かった。